戦前の教科書 ハナハト讀本 昭和十年発行 小学五年生 国語教科書
尋常小學 国語讀本 巻九
第18 石安工場
1
石安工場と筆太に、
小屋根に上げし看板が
往来の人の目につきて、
安じいさんを知る知らず、
「あゝ、あの角の石屋か。」と、
誰もうなずく工場あり。
2
石碑を刻む、文字を彫る、
槌音のみ音かしましき
広き工場の片すみに、
安じいさんはせぐくまり、
常に何をか刻み居る、
めがねを掛けてはっぴ着て。
3
店に飾れる石灯籠、
頭の長き福禄寿、
腹の膨れし布袋和尚、
ぼたんにくるう唐獅子も、
玉をふくめる狛犬も、
皆じいさんののみのあと。
4
じいさん今年60の
坂を越えたる足もとに、
大いなる石横たえて、
なお怠らずこつこつと、
何をか常に刻み居る、
めがねを掛けてはっぴ着て。
5
「じいさん、今度は何ですか。」
「毘沙門天を刻むのだ。」
「何時頃までに出来ますか。」
「来春までは掛かるだろう。」
「来春までも。」と驚けば、
「来春までは。」と繰り返す。
6
今朝遠足にとく起きて、
石屋の前を通りしに、
広き工場にただ一人、
安じいさんは一心に
毘沙門天を刻みいき、
めがねを掛けてはっぴ着て。
職人気質の「安じいさん」。
めがねを掛けてはっぴを羽織り、広い工場の片隅でただひとり、のみを手に取り一心に刻み込むその姿。実直な当時の職人さんの様子が目に浮かぶようです。
丁度、この詩を取り上げた記事がありましたので紹介致します。
『昔の職人には徒弟制度が踏襲されていて、13~14歳で親方の奉公人として入店し、6~7年の経験を通じて石工としての仕事や技術を学んだ後に、2年前後の軍隊生活と1年前後のお礼奉公を勤めてから、一人前の職人として独立する。
独立するときには親方から差し金・下げふり・タガネ・ハンマーなどの道具一式を祝儀として与えられた。
石や石工が注目されるようになったのは、国会議事堂の着工(1920大正9年)が始まりである。
これらの事情によって、当時の社会における実業の代表として石安工場の文学的作品が採択されたものであろう。』
石工物語(3)石安工場の思い出ー大森昌衛 https://www.jstage.jst.go.jp/article/chitoka/48/0/48_KJ00005483656/_pdf より抜粋
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